東京高等裁判所 昭和29年(う)420号 判決
被告人 細井酉蔵 外
〔抄 録〕
論旨第一点について。
記録編綴の原審における昭和二十八年十一月十三日第十回公判調書の記載によれば、右公判廷に出頭した弁護人としては、斎藤義家、松岡小一郎、岩城重男、竹内佐太郎、水上喜景と記載しあり同法廷において刑事訴訟法第二百九十三条に基く検察官の事実及び法律の適用についての意見の陳述後になされた弁護人のなすべき意見の陳述は、弁護人岩城重男、水上喜景、竹内佐太郎、松岡小一郎、松永東において順次なした旨の記載があつて前記出頭した弁護人斎藤義家の意見の陳述の有無については何らの記載のないことは洵に所論のとおりである。而して記録によれば右斎藤義家は原審における相被告人等全部の弁護人であるとともにその主任弁護人として指名されたものであり、右岩城重男及び水上善景はともに前記全被告人の弁護人であり、右竹内佐太郎は原審における被告人細井酉蔵及び伊東武夫の弁護人であり、右松岡小一郎は原審における被告人堀内清一及び同相被告人高橋酉蔵の弁護人であり、又右松永東は昭和二十八年六月五日に選任せられ同日の公判廷に一回出廷したのみで前記第十回公判期日に至るまで公判廷に出頭したることなき原審における被告人堀内清一の弁護人であることが窺われるのである。従つて出頭しない弁護人が陳述をするということは経験上あり得ないのであるから、記録を素直に検討すれば右公判調書の弁護人松永東の記載はその期日に出頭した弁護人斎藤義家の誤記であると認むべきものである。すなわち右公判廷における実際の手続は、各被告人の主任弁護人である斎藤義家が、その他の出頭した弁護人に於て意見を陳述した後、最後にその意見を陳述したものと認むべきであつて松永東弁護人は右期日に出頭しなかつたものと推測される。
仮に然らずとせば先ず弁護人松永東が出頭し意見の陳述をしたに拘らず右公判調書に出頭した弁護人として前記各弁護人の外松永東の氏名の記載を遺脱したことが考えられる。然しこの瑕疵は被告人堀内清一の弁護人松永東が現実に右被告人のための弁論をなしていることになるのだから、同被告人のため利益とはなつても不利益を蒙るべき筋合でない故に判決に影響を及ぼすべきものとは考えられない。
次に出頭した弁護人斎藤義家の意見の陳述について考えてみると、前記刑事訴訟法第二百九十三条の弁護人の意見の陳述は、公判における審理手続の不可欠の要件ではなくこれを欠くもその審理手続が違法となるものではなく弁護人に対しその陳述する機会を与えれば足りるものと解すべきである。而して刑事訴訟規則第四十四条第一項第二十八号の規定は、弁護人の陳述があつた場合その要旨の記載を命じているものであるから、その陳述のなかつた場合にもそのなかつた旨の記載までを要求しているものではない。従つて前記公判廷に出頭した弁護人斎藤義家としては、何らかの理由によつてその意見を陳述する機会を与えられなかつた事情を窺うに足りる資料例えば右公判廷においてこの点に関し異議を述べた事跡等の発見できない本件においては裁判所においてその機会を与えたに拘らず意見の陳述をしなかつたか、意見の陳述をしたに拘らずその要旨の記載を遺脱したかのいずれかであつたと考えられる。前者の場合においては前に述べたところによりその記載を欠くのは当然のことであり問題とするに足りない。後者の場合なりとしてもこのことが公判調書に記載のないの一事によつて直ちに、斎藤弁護人の意見の陳述が事実上なされなかつたということにはならないのであつて(刑事訴訟法第五十二条刑事訴訟規則第四十四条第一項の解釈上このことは明瞭である)、加之本件においては各被告人には冒頭に掲げたように右弁護人の外それぞれ数名の弁護人が右公判廷において被告人の利益のために意見の陳述をしていることが認められるのであるからこの公判調書に右弁護人の意見の棟述要旨の記載のないという瑕疵の故に被告人等の権利防衛乃至は利益主張のため格段の不利益を蒙つたものとも認められない。そうだとすればこの瑕疵あるが故に所論のように主任弁護人の陳述を無視して判決をしたとか判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の違背があるものとは到底認められない。結局論旨は理由がない。